友の住む街

2008年04月26日(土)

暖かい陽光を背に栗の樹ファームを後にする。
昨年の2月、初めて訪れその街の魅力に取り付かれれた
北緯45度の地・中頓別を目指し、友人のT氏と再びの訪問に出発である。

1泊の必要上「ゲン」と「ジョー」には、早朝から普段の倍ほどの時間と距離で、念入りに散歩を済ませた。いつもと違う様子に{この親父、何か企んでいるな?}という眼で賢い「ゲン」は観ていたが・・・
心和む友人と会えることに期待が高まる。

三笠から高速に乗り士別剣淵まで約2時間ほど、国道40号線を名寄、幌加内、美深と北上、ここでトイレタイム。
小休止のち、再加速。
雪解け水の中で落穂やコーンを啄ばむ白鳥をガラス越しに眺めながら音威子府に到着。

昼食後、275号に入り天北峠を越える。
峠の山々は未だ雪を抱き、雪解け水で沢の流れは白濁し又速い。
早春の山に入り、ハシリのキトピロをお土産に・・との胸算用も、残雪の量に疑念がわいてくる。

右手に敏音知(ピンネシリ)が見えてくると、風景が一変山肌が綺麗に露出しており一安心。
街はずれまでW氏が出迎えて下さり、そのまま彼の山荘に入る。
身支度を整えW氏の案内で近在の沢に入る。若草を食む2頭の蝦夷鹿が出迎えてくれる。

お守りの熊除け鈴を腰にぶら下げ出発。
ど太い根曲がり竹が雪の重みで真横を向いている。おそらく3〜4メートルの雪が、つい最近まで乗っていたのであろう。
谷地蕗や福寿草、フキノトウの黄色が鮮やかに眼にとびこんでくる。野鳥たちの囀りが心地良い。

転げ落ちそうな急斜面で、見たことも無いような太さのキトビロを必要なだけ間引きしながら収穫する。
来年以降の再訪時、今以上に増えている事を願って・・
戻りの川は、更に雪解け水で増水していた。
自然の力をあらためて感じ、杖1本の支えに感謝する。

山荘に戻り、枝幸にと向かう。
道新「朝の食卓」に故郷の想いを連載しているM氏の店が
今夜のメインである。
初めて訪れたM氏の店は、このオホーツク沿いの街には少し不似合いな雰囲気を持つ店であった。
しかしながら、用意された内容は店主の人柄と食材の多彩さ味の奥深さから、非常に満足のいくものでありグルメのW氏が絶賛するのも当然・・・という高品質の品ばかりであった。

心の許せる友人たちとの素敵な食事に満足しきって山荘に戻ると、W氏の仲間が更に2名集まってきた。
酪農がやりたくて40数年前にこの地に移り住んだA氏、近在の山なら眼を瞑っても歩け、全ての動植物の生態を知り尽くし、その保護活動・環境保全に情熱をかけるT氏。

心豊かに生きる人達、それは不足を追わず、ありのままの自然を受け入れ、愉しむ事に知恵を絞り、それを実践するエネルギーを持ち続けている人達の事・・と深く実感。

翌日、A氏自らが届けてくださった絞りたての牛乳と産みたての新鮮鶏卵で朝食。
朝から2杯の白飯が苦もなく腹に納まる。
W氏が早起きで沸かしてくれた「五右衛門風呂」で蒔き割り後の汗を流す。
耳を澄ませば野鳥たちの喜びの唄が響き、樹木の芽生えの香りが胸に入り込んでくる。

片道270キロ、24時間の心地良い滞在後、帰途につく。
車窓から眺める樹木の間には、いつ咲いたのか、コブシの真っ白な花が見送ってくれるようであった。


土恋し

2008年03月25日(火)

陽射しがまぶしい。
陽の光が力強くなり、木々にエネルギーを注ぎ込む。
雪に閉じ込められた北国では、清新な雪解け水が競うように流れるさまが、このうえもなく美しく愛しい。

穏やかな日々が数日続いている。
土現る・・土匂う・・・黒い土が現れると心が弾む。
おなじ土だが、春現れる土は格別に嬉しい。
ネコヤナギのつぼみがグングン膨らみ、蕗のトウが顔を出す。

日当たりの良い斜面には、早くも福寿草が黄色い花を咲かす。
大地がぬくもり始めれば、木々の全てが眠りから覚め、蓄えたエネルギーで動き出す。
もうすぐ、土を耕す時節が来る。どんな花を育てようか、何の野菜の種を蒔こうかと、楽しい期待が広がる。

土を耕す事は、身体を耕し、心を耕す。
苗や種を蒔く事は、夢と希望と喜びを蒔く事になる。

エッセーとはすべからく自慢話である・・・と井上ひさし氏が述べたという。
ウ〜ン!そういう一面も確かに有る・・と思う。


私はこんな体験をしましたよ・・すごいでしょ。
私は物事をこんな風に分析し、論理立てて説明できますよ・・エライでしょ。
私はこんな考え方で生きてますよ・・みごとでしょ。
私はこんな気のきいた表現が出来ますよ・・利発でしょ。

これらの要素が何個所か見え隠れしてますからね。
ただ、これらの要素は作家であれ、画家であれ、音楽家であれ、何らかの形で自己を主張するものだと思う。

人は皆、認めて欲しいものなのだ。
ただの自慢は聞く人に負担を与える。
過去自慢、係累自慢、逸物自慢(ボデービルや美脚)、知識自慢・・・

この親父の書いているものは、自慢話になるのだろうか?
「利」を伴わないエッセーまがいの拙文は、評価の対象外で、その咎は少ないであろう。

求む!レトロなカレー

2008年02月13日(水)

鳥好き達が集まった、地域の野鳥観察グループ主催の探鳥会に参加した。

野山に住む鳥は比較的観察しやすいが、水辺の鳥・・特に
海岸、海上、河口、入り江、河川での群れや混在の中では
固体の識別は骨が折れる。

よく似たセグロカモメとカモメ、ビロードキンクロとクロガモ、オオハクチョウとコハクチョウ・・・メンバーは的確に判断し識別していく。

数百メートルも離れた位置、しかも逆光や水面反射などで
フィールドスコープで対比しても、衰えた視力では区別が出来ない。
それなのに、去年の子鳥だとか一昨年の生まれだとか雌雄まで識別していくのだから、唖然としてしまう。

鴨の群れを観ながら、鴨南うどんを連想している不遜な輩とは、ココロザシが違う。

昼食で名産のホッキ貝を使ったカレーをいただく。
カレーが大好きである。
特に昔のカレーは非常に美味かった。
ごちそうであった。

肉は高価であったから、豚か鶏肉が少々入っているだけで
あとはジャガイモが圧倒的に多く、玉ねぎ、人参、リンゴ入りの定番である。
牛乳、バター、ヨーグルト、チーズなどは、入るべくもなかった。

そして、缶入りのカレー粉と小麦粉を水溶きして加え、煮込んだだけ(と思われる)のカレーであった。

あの小麦粉タップリのドロドロ感が良かった。出来合いのカレールウではあの舌感は再現できない。
私の中では、スープカレー・・などというものは、カレーでは無い。
メリケン粉を使ったのが、ハイカラなカレーなのである。

支那そばも素晴らしく美味かったし、肉うどんも又然り。
あれから、およそ50年・・その後どんなに評判の店で食してもあの味に勝る品に出会ったことが無い。

この話をすると、昔は美味いものが他になかったなー・・と片付けられてしまうのだが・・・・

ところで、かのホッキカレーの味だが、甘すぎた。
カレーは辛くなけりゃ・・。

カメラを持参しなかったので、今回は写真なし・・
それと、写真は縮小してますので、クリックして下さい。

冬庭の来客

2008年02月04日(月)

栗の樹ファームの周囲には、トド松林、カラ松林、雑木林が混在する。

森林は、全ての動植物の生態系を循環させる総合工場のような役割をもつ。
当然、野鳥も多い。鳥はとても陽気でいつも唄っている。
そして、我々には絶対出来ない、空を飛ぶ事が出来る。

鳥を観ているのが楽しい。
出来るだけ近くで鳥を観たい。だから、ログの窓から眺められるように、バードフィーダー(餌台)を置いた。

その窓から10メートルほど離れたトド松林から、鳥たちはやって来る。
このログを訪れる人達は、野鳥たちが人を恐れないのに驚く。
朝夕の食事どき、餌台に届けるのを待ちきれず、小鳥たちは帽子をかぶった私の頭にとまり、餌入れの容器に首を突っ込む。

バードフィーダーの真下で「ゲン」がうろつくが、「ゲン」の背丈では届かないのを周知しているので、「ゲン」のチョッカイにもタジロガナイ。
「ゲン」はおだてても、樹に登れない。

冬の庭は、花も緑も無い。
そして、この長い冬はまだ3ヶ月も続く。
この寂しさを、楽しさに変えるには、鳥を呼ぶしかない。
夏に向日葵を植え、トウモロコシを育てなさい。
青米は、農家の方が、いくらでも分けて下さいます。
そして、ハギレの板で餌台を作り、庭の片隅に設置してください。

そうすれば、淋しい冬の庭は、あなたの努力と誠意にこたえ、小鳥たちの感謝の歌声で祝福してくれるでしょう。

冬の奇跡

2008年01月25日(金)

この冬、とても良い買い物をした。
いい顔をしている。
色合いもいい。
安全度も高い。
ソレルの防寒ブーツである。
唯一つ、この優れものは飾られている事を潔しとしない。
やたらと、山へ、森へ行きたがる。

北海道で暮らしを始めて足掛け7年、何が辛いといって・・
冬の越し方である。
これまで毎年のように、足のシモヤケに悩まされた。

身体の冷えには、対策がある。
重ね着をし、カイロを要所要所にしのばせ、ダウンジャケットで体熱を逃がさず、ウインドブレーカーで風を通さない。

しかし、裏山の雪道を犬と散歩したり、除雪機を稼動する際には、靴への雪の浸入を防ぐ為、靴の上部で紐で締める長靴ぐらいしか、頭に浮かばなかった。

そのうえ、どの長靴も、内部にボアやマットで多少は暖かそうに加工してあるものは有ったが、基本的には、足のシモヤケから保護出来るだけの機能は、持ち合わせていなかった。靴下を何枚か重ねて着用もしてみた。

ところが・・である。
今年は、見事に解決されたのである。
零下何十度の屋外作業も、犬の散歩も、ウッドデッキの上の氷割りも、何の障害もない。

馬油も尿素配合クリームも全て不要・・・とまではいかないが、炎症やかゆみからは、開放された。
世にスグレモノは有るものである。

子年が明けて

2008年01月17日(木)

年が改まり、栗の樹ファームも子年を迎えた。
全ての植物が雪の下に埋もれ、葉を落とした木々が寒風にふるえる。

裏の沢に降りる。
吹き溜まりの積雪は、60センチを超える。
前夜の降雪で、生きものの足跡も殆ど見受けられない。

この雪ノ下に蛍の幼虫が、確かに息づいている筈だ。
人間には、到底真似られない生きる術、頭が下がる。

訪れる人も少ない山小屋では、ジジイになってきた親父と
2頭の北海道犬が、身体を寄せ合って日々を暮らしている。
冷えは健康によろしくないと、暖まりながら・・・

野鳥たちの「冬のレストラン」は今冬も賑わっている。
定食のメニューは、トウキビ、青米、向日葵の種。
昨年に引き続いてのお客様は、慣れ・・もあり、人を恐れない。
特に大好物の向日葵は、餌台に置く前に私の腕に乗ってくる。眼と鳥の距離・・30〜40センチ。

人懐っこいのは、ゴジュウカラ、コガラ、ヒガラ、ハシブトカラ、やや警戒心が強いのが、ヤマガラ、シジュウカラといったところ。
必ず複数で現れるミヤマカケスは大食いで、4〜5本のトウキビを、瞬く間に裸にする。
昨年、毎日のように頻繁に遊びに来たエゾリスが、今冬は未だ見えない。
何か有ったのだろうか・・・・

ここ数日、昼間でも零下の真冬日が続く。
私の借り住居は旧農家で、部屋数も多く、間取りも広い。
全ての部屋を暖めるのは不可能であり、居間と寝室だけがその対象となる。

厳寒のこの時季、子供の頃の夜の思い出に残るのは、湯タンポである。
薪ストーブと囲炉裏の炭だけが暖をとる手段であり、眠れないほどの寒さの中では、湯タンポが貴重な道具であった。
洗濯板のように波打っており、現在のプラ製品と異なり、
ジュラルミンか何かの金属製である。

大きなヤカンから湯タンポにお湯を入れ、取っ手の付いた口金を締める。
なぜか、チュウチュウと蒸気の鳴き声が立ち、それを使い古しの寝巻きやタオルで包み、紐で縛って布団の足元に置く。
翌朝、まだ生ぬるいそのお湯で顔を洗うと、金気臭い様な匂いと、時には内錆びが一緒に洗面器の底に現れたりした。

裏返してお湯を出そうとしても、口が小さく、わずかずつしか出て来ない。
そこで、グルグルと回したり、上下に振ったりして出すのだが、それは子どもにとっては、結構、力のいる作業でも有った。

顔が冷たくても眠れるが、足が冷えると眠れない。
人体は、頭寒足熱が基本なのであろう。

エネルギーの大量消費による温暖化、忙しい忙しいと時間貧乏になってしまっている現代こそ、先達の知恵を生かし
便利さへの依存から、少し距離をおいてみたい。

今年の漢字は偽・・

2007年12月14日(金)

雪が屋根を洗い、樹木を洗い、空気を洗う。
晴れた日は、大気の清清しさが眼にまばゆい。

山も森も木々たちも、ひっそりと沈み返り、落ち着いた穏やかな息を繰り返す。
ログの周りを見渡しても、緑の葉を残すのは、椴松だけ、雪の重さを撥ね退けるには、枝も葉も身軽になるのが、生き残る術なのだろう。

今まで生活していた場所では、ブナ、クヌギ、カシワ・・などは、枯葉を付けて冬を越し、春に落葉していたものだ。

今年も年の瀬となり、日々の暮らしを振り返る。
慣れた・・とは言っても、北海道の生活も未だ6年、何十年、何百年を生き抜いてる雑木1本にも、敬意を覚える。
アホの浅知恵では、比較さえ出来ない。

自然に対する洞察力深め、そして高める為には、あまりにも経験と知識が乏しい。
そして、なによりも情熱と愛情が足りない。
それゆえ、当然のごとく、語る内容も起こす行動も、薄っぺらなものとなる。この時にたどり着くまでの、失った期間は小さくは無い。

今年を象徴する漢字に、「偽」が圧倒的に選ばれたという。「偽」と「疑」で出来事の殆どが表せる。
偽名でゴルフ、国会での偽証、産地も原材料も日付も偽装で偽表示・・・疑惑だらけの1年でした。

横綱、朝青龍の例ではないが、奢る者久しからず、何をしても強ければよい、権力と金力を握れば勝利者・・では万人の共感は得られない。
遠からず天罰が下る。

夕張救済の善意もその数多し。
捨てたもんじゃない。
人は、何かをなしたいものなのだ。
そんな人、そんな瞬間、そんな場面にあるかどうか・・・だけなのさ。

人には、それぞれの独自の価値観が有る。
しかしながら、価値をお金に換算するだけでは、空しい。

徒然なるままに・・

2007年11月26日(月)

北海道は、昨年より少し早い降雪となった。
人間の浅知恵と、不始末による温暖化などは「シャラクセー」と云わんばかりの寒波の力、寒さに閉口しながらも、頼もしく感じられる。
石油が高いので、暖冬だと助かるのだが、身勝手な人間共の欲熱にあえいでいる地球を冷やして貰いたくもある。

単調な冬の生活に潤いをもたらしてくれる小鳥たちも、人里に下りてきた。
野鳥たちが餓えては大変と、早々と餌台に向日葵の種を準備する。

毎年のように、厳しい冬を越せずに力尽きた野鳥たちの遺骸を眼にすることは、多くは無いが結構辛い。
彼らが、どの位の重さかご存知だろうか。
この時季は10グラム前後、手のひらに乗せても重量は感じない。スポンジと同じである。

今朝も、「ゲン」と「ジョー」を連れて御大師山の林道を散歩する。
雪が大好きな2頭の北海道犬は、後になり先になり私の視界の範囲内で、自由に走り回る。
身体中で喜びを爆発させているのが、なんとも愛しい。

まもなく、満5歳を迎える「ゲン」は現在までの多くの体験が、危険やトラブルから身を守り、生き抜く術を得ているのだが、「ゲン」の半分の人生(?)経験しかない「ジョー」は勝手気侭、山に入ったきり30分〜1時間も帰って来ず、待ちきれない私は、「ゲン」と一緒に先に帰ってしまうことも・・・

放っておくと、下の道路を越え、他家にお邪魔し、飼い犬のおやつを失敬する事も有り、恐縮する次第。

離し飼い・・・は犬にとっては快適で多分幸せなひと時であろうが、飼い主のエゴ、条例でも禁止されており、訪れる人にも迷惑をかけるので、充分な注意が必要なのは当然、犬好きの人ばかりではない。
郵便屋さん、宅急便、灯油の補給等々・・ご迷惑を掛けた方、ごめんなさい。


旧農家をリフォームして頂き、そこに住み始めて3年弱になる。
この地で生活を始めた当初は、オール電化された、まっさらな部屋を借りて住んでいたが、せっかくの北海道暮らし、人が住んでいた歴史やにおい、思い出が詰まった家に住む事を選択させた。

転居を決意させたもう一つの理由は、誤解を恐れずに言えば、子どもの騒音であった。
集合住宅である以上、様々な家族が生活している事は当然なのだが、中でも隣家の子どもの生活騒音が、悩みの種であった。

早い時は朝6時頃から、夜遅くは12時近くまで、走り回ったり壁にぶつかったり、床で物を弾ませたり、大きな声や泣き声・・・特にフローリングの床を裸足で走り回ったときの振動は、眠りを妨げるには充分な原因となった。

基本的に、子どもは走り回り、騒ぐ事が大好きである。
また、そうでなければ子どもらしくない。
子どもの音は、子どもの責任にはならない。
子どもが、遠慮なく音を出せる場所は、家しか無い・・・事に気付いたとき、去るべきものは自分・・であることが解かった。


犬・・について、もう一言。
現在、犬をかけがいの無い家族の一員として暮らしている方々、犬は人と散歩が大好きです。
これからの時季は大変ですが、愛犬のために充分な運動と走り回れる時間を是が非でも与えてください。

暖房の効いた部屋で、着たくも無い洋服を着せられている・・これで犬を大切にしていると思っているのは、如何なものか・・・
喜んでいるのは、メーカーだけ・・と考えるのですが・・

この広大な大地は、散歩させる事も、走り回らせる場所も、また吠える事もままならぬ都会の犬の育て方に、真似る必要は、何も無い筈だから・・・

鮒釣り

2007年09月25日(火)

秋の気配が、このログの周りにもゆっくりとやって来た。
自然の恵み・・キノコが、森の草木や土を分解し、新たな養分を造る為、活動を始める。
キノコ好きには、たまらない季節の到来だ。

熟れた向日葵の種を目当てに、カワラヒワの大群と、おなじみのカラ達が、畑に集まってきた。

過日、友人のT.M氏と鮒釣りに出かけた。
純粋の鮒釣りは、約30年振りである。

その当時、我が住居は印旛沼に程近い、八千代市米本・・という地域に有り、都心の職場まで、2時間半を要する「陸の孤島団地」であった。

休日の殆どは、金のかからない事も有り、近くの河川や沼で魚釣りに明け暮れた。

2人の子は、娘であった為か、鮒釣りには興味を示さなかったが、オカメタナゴ、クチボソ、メダカ、ドジョウなどを仕掛けで捕ることには、結構乗気で、私の後にくっついて来ては、歓声を上げてもいた。
特に、オカメタナゴはその姿も美しく、その頃は何百単位で仕掛けに入り、下駄箱の上の2尺ほどの水槽で飼育していた。

印旛沼からの水路は魚影も濃く、キジを餌にマブナ釣りを堪能していたが、当時ブームでもあった「ヘラブナ釣り」に熱中し、自分だけの練り餌や仕掛け作りを試しては、自慢し合っていた良き時代であった。

さて、久しぶりの鮒釣り・・・といっても、自然豊かな北海道、餌さえ付ければ一投目から入れ食いに・・と思っていたが、これがなかなか掛からない。
「浮き」は活発に動くのだが、ことごとく空振り、何のことは無い「ジャミ」の猛襲である。

ウグイやモツゴ、はてはトゲウオなど、7号の針が口に入らない小魚たちが邪魔をする為、釣りにならない。
おまけに、合わせ損なうと水藻やヨシ、頭上の樹に仕掛けが絡まり、その取り外しの方に時間がかかる有り様。

そろそろギブアップしそうに気分が萎えかかってきた頃、風向きの変化と共に、水面に魚が飛び跳ね始めた。

そこで、T.M氏が浮き下を極端に短くした、いわゆる「かっつけ釣り」に調整したところ、良型の銀ブナが入れ食い状態に・・・

印旛沼水系のマブナ釣りで、鮒つりは「底」を釣るのが鉄則と思い込んでいた私の常識は、粉々に打ち砕かれた。

餌切れ終了のため、T.M氏の半数にも満たなかった釣果ではあったが、手のひら大の良型の強い引きを楽しめた。

獲物は、勿論すべて、某所に放流した。

収穫の喜びのため

2007年07月07日(土)

6月中旬、中国行きの為10日間ほどグランドと畑に手を掛けられなかった。

不義理の結果は、土の出ている殆どの部分を雑草が覆い、幼い野菜の苗達は窒息寸前になっていた。

翌日から草取りの毎日になったが、ガッチリと根を下ろした草たちは、抵抗力も強く簡単には抜けないほど定着していた。
数日掛けて何とか取り除いたが、丸裸になったヒョロヒョロの苗は、翌日からの高温の陽に照らされ、萎縮したまま成長出来ない。

野菜作りは、余暇で出来るほど安直なものではない。
手間ひまを掛け、いつくしみをもって育むものである。
その過程を楽しむものである。
雨の少ない今年は、特にそれを感じる。

究極の雑草対策は、草を取らぬ事・・・と前号で開き直ったが、人が造り上げた野菜は草には勝てない。
だが、薬に頼る事だけはやりたくない。汚染した土を次世代に先送りする事は、人の道に反する。

野菜作りの書には殆ど、こう書かれている。
・・・野菜は、人間の都合に合わせて作り変えられてきた。野生の本能は極力抑えられてきた。
葉や実の大きさに比し、茎や蔓が極めて細い。背が伸びると、たやすく折れてしまう。支柱を立て誘引し、整枝しなければならない・・・

山草や野草は、自力で土地を選び水分や養分は自力で得る。
不必要な枝は自力で落とし、支柱も自ら探し、混み合った葉や実は、必要分だけ残す。
昨今の人間社会のひ弱さは、野生の強さに学ばなければならない。
 
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